田舎暮らし転職失敗!!つらかった時の話 ブログで報告(5)

仕事について
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田舎暮らし転職失敗!!つらかった時の話 ブログで報告(3)

田舎暮らし転職失敗!!つらかった時の話 ブログで報告(4)

いよいよ5回目に突入しました。転職失敗話です。

今、初めてこのブログを読む人に言いたいことは、転職はあまり軽い気持ちで行うものではないという事。

確かに私も、最初の2,3回は調子よく転職ができたのですが、その後の転職には、大きな落とし穴が・・・・

 

そんなお話の5回目です。今回は、仕事を辞めるまでです。

オセロでいえば、黒になってしまったオセロを、いつかは白に変えてやろうと気持ちだけで、厳しい加工工場のいち従業員として働いていました。

工場で働いている姿を、たまに社長が見に来ます。

その日は、私の働きぶりを見て、その後、別室に呼ばれました。

そして、こう切り出されました。

「給料は今まで通り払うけれど、役職ははく奪しますね。」・・・

そう、給料は、今のままで維持されるのですが、役職がなくなるのです。これで、本当に、工場の単なる従業員になったわけです。

50歳を前に、それはつらい宣告でした。

以前の職場では、現場責任者で、部長職の肩書があったにもかかわらず、その肩書を捨ててまでも、この会社にやってきたのに、その肩書が、すべてパーになるのです。

いくら給料をもらえたとしても、とても長く続けることはできないなぁと思うようになってきました。

この食品加工工場で働き始めて4か月が過ぎていました。

本当に後悔の毎日でした。

辛い毎日でした。

仕事に行ってもする仕事はない、たまに仕事があったとしても留学生ができるような単純作業です。

今振り返ってもよくがんばっていたなぁと我ながら感心します。

社長との面接後、2,3日して再び社長に呼ばれるのでした。それは、クリスマスの前々日くらいだったと思います。

社長は、これからどうするつもりかと、私に尋ねてきます。私も何とも考えがまとまっていません。

このままこの仕事を辞めて帰ったところで、仕事はないし、かといってこのまま、この厳しい状況で働き続けるのも我慢の限界があります。

本当に自分でもどうしてよいのかわからないのです。

社長もなかなか、辞めてもいいよとは言い出しません。私の方も、辞めさせてくださいとは言いにくかったのを覚えています。

沈黙がずっつ続く中、とうとう社長が、「辞めるか」と聞いてきたので、「はい辞めます」と答えました。私の中では、早くその言葉を社長がいってくれないかなぁとずっと待っていた言葉だったのです。

もうその日のうちに、自分のロッカーの荷物をまとめて帰ることにしました。

その時は、本当にほっとしたというか、もう工場の中に入らなくて済むんだと思うと、本当の自分に戻れるような感じでした。

とうとう、加工工場を辞めることができたのです。

でも、これから先のことは、待ったくの白紙です。

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