ギャンブルは「善」それとも「悪」?

田舎暮らし
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私が、ギャンブルをやり始めて、もう30年くらいになります。

今までやってきたギャンブルは、パチンコ、競馬がメインですね。そのほかに競艇、競輪などとにかくお金を賭けてドキドキするのが好きなんですよ。

もうギャンブル依存症ですね。

それぞれに、仕事の都合で全くしなかった期間もあります。パチンコは、今ではほとんど行くことがないし、競馬くらいですかね。毎週頑張っているのは。

田舎暮らしをしていると、パチンコに行く機会が減るのも当たり前。それは、近くにパチンコ屋さんがないからです。

わざわざ車で30分かけてまで行こうとは、さすがに思いません。

その点、競馬は、ネットで購入できるので、ついついやってしまうんですよね。

最初は、5,000円とか決めておくんですけど、終わってみたら数万円・・・てなこともたびたびあります。

そして負ける。

その後に襲ってくるのは、決まって、自分で自分を攻撃して、なんとか、負けたことを納得させようとする自分なんです。

この時は、競馬はやっぱりだめだと思うのですが、それが翌週になると、その気持ちも多少は残っているんですけど、それよりも今日は絶対勝つというなんの根拠もない信念に支配されてしまいます。

こうやって振り返ると、ギャンブルは「悪」だとしか思えませんよね。

しかし、私にとっては、仕事のストレスや、楽しみのひとつとして大いに貢献していると思います。(これもギャンブルは悪くないぞと、自分を納得させようとしている)

競馬なんか特に面白くて、いろんな馬の情報を調べて、予想して、自分の予想の答え合わせをレースで行う。例え、馬券を購入してなくても、レースの結果は知りたくなります。

パチンコでも、毎日行っていると、自分がその日打たなくても、狙っていた台の調子やどれだけ玉やコインが出たのか結果が気になります。

これもギャンブル依存症というのでしょうか。

かける金額が、少なければ、当たっても外れても、そんなに気分の浮き沈みはないのですが、金額が大きければ大きいほど、負けた時の落ち込みはひどいですね。

何十回も負けたことは、きれいに忘れて、全く勉強しないのに、100回に1回当たった時のことは、本当によく学習していて、その時のことは、ずっと忘れずに、またその時の気持ちを味わいたくて、ギャンブルしてしまうんですよね。

こうやって冷静に振り返ると、ギャンブルは恐ろしいです。

でも、ストレスの発散になっているのは、間違いありません(私の場合)

破産するまで、使いこんだことはないし、借金してまでギャンブルをしたことはないし、毎日ギャンブルしてるわけでもないし、トータルしたら絶対に負けているのは確実です。

今、生活の一部として、田舎暮らしをしながら、ギャンブルを楽しんでいます。

田舎暮らしをしながらブログを書いて、週末はギャンブルなんて最高の生活ですね。

というわけで、ギャンブルは「善」ということにしておきましょう。

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